「小学校理科教育法」

東京学芸大学理科教育検討会編(編集代表:下條隆嗣),学術図書出版社,2002.

 

私が1984年に物理学教室から理科教育教室へ移籍してすぐ,講義が押し寄せてきた。教員免許上,全学生が対象だから授業負担枠は多い。ところが,教科書がない。当時の理科教育の大学生用の教科書は,授業案や観察・実験法の紹介,あるいは理科教育の研究の紹介を主にするもので,教師の立場に立って,理科教育について授業に密着する体系的な内容のものは見当たらなかった。理科教育に移って,講義を担当する段になって,そのことに驚いていた。

自分なりに講義ノートを作っていたが,移籍から8年目の時,出版社から私に小学校理科教育法の教科書の執筆の話がきた。そこで,適切な教科書が出版されていない現状を鑑みて共同執筆にして出版を急いだほうがよいと考え,東京学芸大学理科教育検討会というものを作って,私が編集代表となることにした。

まず私が全体の構成とプロットをつくり,その後,同僚の平田昭雄さんと何回も練り直した。それから各分野の専門家にも共著を依頼した。当初の計画では,厚さが実際に出版された本の厚さの倍くらいになってしまい,出版社から250頁以内にするように要請があって,かなり割愛して薄くした。

この本では,授業案の紹介,観察・実験法の紹介は割愛して(これらは別の授業科目があった)頁数の削減をはかり,その代わりに,学生が実践につながる理科教育の本質的な面を理解し,また理科教育全体を俯瞰できるように内容の構造化をはかり,さらに生涯教育の視点から発展できるように内容を構成した。

本書には,アクティブ・ラーニングの基礎と考えられる構成主義観点に基づく学習についての解説も少し加えてある(「第5章 小学校理科学習指導の視点と方法」の中の「5-2-2 構成主義的授業観」)。

また,本書の最終章「第9章 これから教師になる人たちへ」では,関東地区の主として小学校に勤務する現職の教諭2010名を対象にして,理科の学習指導上必要ないしは重要な知識や技能の修得について,1994年1月に実施したアンケート結果の概要も掲載した。この調査は,教員養成カリキュラムの妥当性を検討するため,また教員の皆さまが教職における生涯において自らの専門性を高めるための指針を明らかにするために実施したものである。アンケートの作成は,同僚の平田昭雄氏や福地昭輝氏にも協力して頂いた。また,アンケートの配布に関して,横浜国立大学,千葉大学,埼玉大学などの理科教育学教室にもご協力頂いた。回答は東京学芸大学卒業生が一番多かった。データは同僚の平田昭雄氏が統計ソフトを駆使して整理し,それをもとに,データを解釈して成果を発表した。現職教員から見た課題が明かにされていると思う。かなり昔の調査であるが,課題はどれほど改善されたのであろうか。

この本には第1章に,「1-5 わが国における小学校理科の法的位置づけ」という節がある。この中の,2)教育基本法,3)学校教育法,4)学校教育法施行規則については,出版後,改正されているので,ご注意いただきたい。また,本書の付録にある,幼稚園教育要領(A-4),小学校学習指導要領(A-5)などは平成10年のものであり,その後改正されているので,併せてご注意願いたい。

余談であるが,中等理科教育についての教科書の執筆の話も,この「小学校理科教育法」を上梓したすぐ後に同出版社から話があったが,待って頂けるように頼んだ。丁度その頃,中学校理科の学習指導要領も改訂直前であり,さらに物理・化学・生物・地学のそれぞれには特性があるので,それらをどう調整してある程度の頁内に収めるか考えなければならなかったからである。なにより,執筆時間もなかった。そのうち多忙で私もそのことをすっかり失念し,この件は実現せずに終わった。

2020年2月記