Ⅲ. IMSTEPの全体像と活動

12. IMSTEPの全体像と課題等

12-1. IMSTEPの全体像(IMSTEPパンフレット)
当プロジェクトの概略は,当地で発行された次に示す2ページのパンフレット(図Ⅲ-1)によくまとめられている。ここでもそれを利用させて頂く。このパンフは,大学名が改名される前につくられたものなので,大学名は旧名のIKIPになっている。

12-2.IMSTEPの組織
プロジェクトの組織は,日本側とイ国側(MSTEP)側に分けて述べる。
ア)日本側組織
関与した日本側組織・人物は,JICA, 文部省,外務省,コンソーシアム形成4大学,国内委員会,派遣専門家,チーフ・アドバイザー,業務調整員などである。
・国内委員会
IMSTEPの円滑かつ効果的な実施のため,JICA内に「プロジェクト国内委員会」が設置された。委員会の設置期間は,平成10年9月1日からプロジェクトの終了日までであった。国内委員会の業務は,必要により事業団総裁が諮問するところに応じ, プロジェクトの運営 ・管理等 実施方針,プロジェクトの評価,プロジェクトの技術移転計画,専門家の派遣計画,カウンターパートの受入計画,機材の供与計画,その他プロジェクトの円滑かつ効果的な推進に必要な事項に関することについて,専門的かつ技術的見地から検討,審議を行うものであった。国内委員会は年数回開催された。
・大学コンソーシアム
日本側の組織として,大学コンソーシアムについてふれないわけにはいかない。
プロジェクトが立ち上がってから,日本人の派遣専門家探しが難航し,またイ国側大学教員の研修先の確保も非常にきついことがわかってきた。東学大だけではとても満たせないと思い,コンソーシアム形成を文部省にお願いした。これは名古屋大学の西野節男先生からの助言もあった。文部省の遠山紘司氏と私が宇都宮大学,群馬大学,静岡大学を訪問して,コンソーシアムへの参加をお願いし,ご了承頂いた。その結果,IMSTEPが何とか動くことになった。
・IMSTEP事務所
現地のIMSTEP事務所(本拠地はインドネシア教育大学内)には,初代チーフ・アドバイザーの神沢淳氏(同次代は徳田耕一氏),JICAの業務調整担当の比嘉京治氏(同次代は中津将樹氏)がイ国に常駐した。同事務所は派遣専門家の受け入れ,日本研修員の選抜,供与機材の受け入れ・整備,チーフ・アドバイザーの期間ごとの業務報告,イ国側業務への助言・指導,業務の管理運営(経理を含む)などを行った。この事務所は,後述するフォロウアップ・プロジェクトでも利用された。
イ)イ国側組織
IMSTEPの組織図はパンフレット(図Ⅲ-1)の7 Project Organization に示されているように,3つの大学のそれぞれに数学教育,物理教育,化学教育,生物教育のタスク・チームが置かれ,さらに分野別のこれらのタスク・チームを統括する作業部会(working group)が置かれた。なお,地学教育については,イ国では物理教育など他の分野に含まれており,独立した分野にはなっていない(ヨーロッパ型)。
作業部会の上には,3大学の作業部会を統括する作業部会会議(working groups conference)が置かれた。作業部会会議の上に,3大学共通の運営委員会(steering committee)が置かれた。この委員会の委員長はインドネシア教育大学の学長がつかれた。委員会のメンバーは,3大学の理数教育学長,3大学の学術担当副部長,作業部会会議議長,3大学の調整官(coordinators),JICA専門家である。
運営委員会のこの布陣をみれば明らかなように,このプロジェクトは,3大学が理数教育分野において大学全体として取り組んだことが明らかである。また,このプロジェクトは3大学の全教員を巻き込む大きなものであり,したがって,IMSTEPにおけるイ国側カウンターパートは多人数に及んだ。
さらに,運営委員会の上には,合同調整委員会(joint coordinating committee)が置かれた。この委員会の議長は高等教育総局の長官である。メンバーは,同局の学術局局長,3大学学長,BAPPENAS代表,教育文化省の一般中等教育局局長,同省初等教育局局長,同省教師・技術研修局局長,JICA専門家,JICAインドネシア事務所代表で構成されていた。この布陣から,当プロジェクトが国家レベルのものであることがわかる。
各組織の役割・機能は,図Ⅲ-1(パンフレット)に記載の通りである。
3大学合同の会議では,マラン教育大学の先生方が,大学のバスで2日がかりでジャカルタに到着されたことがあった。皆さん,疲労で全員げんなりされており,ボーツとした顔つきをなさっていた。理数教育学部長もこのバスで一緒に来られた。私は,皆さんが鉄道でくると思ったのでびっくりしたことがあった。予算(旅費)が不足していたのであろうと思う。

12-3.IMSTEP開始に先立った動き-イ国側実施機関責任者の日本の教育視察
ア)高等教育総局長・3大学理数教育学部長の日本の理数科教育視察
1999(平成11)年10月からのIMSTEP開始に先立って,イ国側の大学関係者が日本の教育についてのイメージがわかないと協力がスムーズにゆかないこと考え,私は3大学の理数教育学部長の日本の教育視察をJICAに進言し,それは同年3月に実現した。高等教育総局長も参加し,日本各地の教員養成大学や学校などを視察して頂いた。イ国3教育大学の理数教育学部長の日本の理数科教育の視察はスタート時点のみで,イ国ではその後,2年ほどで学部長の交代があったが,プロジェクト開始以後は学部長の日本の教育の視察は無かった。また,同年4月には,IMSTEP教育行政研修団も来日された。

12-4.IMSTEP当初の改善すべき課題-現地の教育調査結果
インドネシアの学校や教育大学を視察したところ,次の点が目立った。
まず,学校の理数科の授業の様子では,教科書を教えることが中心で,実験はほとんどやられていない。また実験のための機材もそろっていない。
大学の授業については,講義では教科書が無く,学生は大学教員が書く黒板の写しに必死の様子で,内容を暗記するようであった。大学生用の共通教科書を作成し,学生を暗記から解放し,内容の理解へ進むようにしなければならないと思われた。実験機材も不足しており,物理の基礎実験では6人で1テーマを行っていた。これでは,実際に手を動かす学生の人数は限られてしまい,それ以外の学生はいわば実験の観察に終わってしまうので,より,少人数で実験を行えるように機材の充当が必要であると思われた。また,環境への配慮は無く,廃液を校内に穴をほって垂れ流しており,これも改善の必要があると思われた。
イ国においても,まず,事前調査とは別に,さらに理数科教育の実態をさらに深く把握し,課題点を明らかにする必要性を感じたので,筆者も調査項目を指示し,教育調査の実施を強く勧めた。1999年10月からIMSTEPが開始されてから,すぐ現地の教育調査が実施され,翌年報告書が出された(JICA 1999)。また,簡単なまとめを日本語でも紹介した(下條 2000)。ここにその一部を再掲する。

『次に,イ国の科学教育の改善に関しては,以下に列挙する課題があるが,日イ共通のものも多い。
ア)過度の知識重視からの脱却。学校では,教師中心で板書による伝統的教授法による知識重視の傾向がみられた。教師の基礎的指導技能を向上すること。小・中・高等学校理科は,できるだけ観察・実験中心におこなうこと。これは小・中・高等学校段階の理科教育にも依存する。
イ)教師養成・現職教員教育のための学習材の開発。大学生や現職教員のための母国語の教科書や参考書の作成。
ウ)学会の設立。日本ではいろいろな教育系学会があり,理数科教育研究が定着し,教育についての研究発表も多い。イ国においても,学会らしきものはあるようだが・・・,将来,理数科教育に関する学会の設立が期待される。学会活動は,自主的発展の原点になると思われる。教育問題は,各国の発展状況に強く依存する面も多く,研究内容が国際誌にそぐわない部分もあるので,自国における学術雑誌の発行は意義あるものである。学術雑誌の発行は,財政的援助を必要とする。
エ)教育研究に係わる研究費の助成。イ国における初中等理数科教育改善の自助努力を確実なものにしてゆくためには,大学教官自身が研究をより積極的に行うことが必要である。そのための環境整備として,教育研究に対して研究費の配分が望ましい。
オ)教科教育学の振興。教育実践に関連した研究,教育学と純粋科学の間の教育・研究を発展させること。本計画で実施した理数科教育調査の結果によると,小・中・高等学校の理数教育共通に,次の点が指摘されている(JICA 1999)。学習者中心の学習の展開,教材利用法の改善,教材開発の促進,高次思考・スキルの定着,内容の適性化(内容の生活との密着),教科書中心の授業からの脱却,個々の児童・生徒への対応の強化,教師の知識の欠如の改善,学術的背景と学習指導法の基礎スキルの定着。評価法開発(特に診断テスト。スキル評価)など。
カ)現職教員教育用のプログラムの開発。現職教員のための教育プログラムは,学校現場からのより実践に関連した課題の取り上げなど,内容的な改善を考えてゆくこと。大学院の活用も考慮すること。
キ)教師養成カリキュラムの近代化。科学技術の進歩,教育の新しい目標を探索し,新しい教育に対応したカリキュラム研究を行う。国家基準に縛られている面もあるが,カリキュラムの近代化を行う。
ク)実験環境・指導の改善。理科の基礎実験は,現在1テーマ6人程度で実施しているがより少人数にする。大学教官も学生実験により関与することが望ましい。科学的態度や基本的実験技能の定着・向上をはかること。
イ国におけるこれらの課題は,もちろん質的な差はあるが,本質的に日本とほとんど類似の課題であった。このことは,教員養成の課題はどの国も一般性があり,教師養成の普遍性を示していると思う。』
また,現職教員教育についても調査がなされた(JICA 1998/1999)

12-5.日本政府の供与
日本政府からは,IMSTEP関係では機材供与,専門家派遣,研修員受け入れなどが行われ,無償資金協力でインドネシア教育大学理数教育学部棟が建設された。

13.プロジェクトの開始と事業の流れ

チーフ・アドバイザーの神沢淳先生や業務調整の比嘉京治氏がインドネシア教育大学内のIMSTEP事務局に赴任し,こうして,1999年10月からIMSTEPプロジェクトは実施に移された。そして,IMSTEPはPDMに従って,タスク・チームの活動,機材供与,イ国3大学の教員の日本における研修派遣,日本人専門家の3大学への派遣,インドネシア教育大学の理数科棟建設と進んでいった。前半は特に機材整備や実験設備・大学の理数科の授業の改善に力点が置かれたが,後半は中間評価を機に,学校の授業改善をめざしたパイロティングに力点が置かれるようになった。
IMSTEPにおいては,多彩な活動がなされたが,実際の業務の詳細は,4半期ごとに提出されたチーフ・アドバイザー報告やPDMの実施計画表に詳しく記されている。活動の全容のまとめについては,次章Ⅳの「15. 終了時評価団の派遣と評価結果」の中で述べる。
実験法の指導や学生用教科書作成など,多くの派遣専門家の先生方にご協力いただいた。
パイロティングでは,私もイ国の3大学教員の方々と共に,何度も学校へ出かけた。
また,毎年,National Seminar が開かれ,現職の学校教員の方々や地方の教育委行政の方々,他の教員大の方々も参加して行われた。筆者もNational Seminarや理科セミナーなどで,しばしば講演を依頼された。

13-1.機材供与
発展途上国にとって,科学・科学教育における機材の充実は,何よりも優先したい事柄である。
途上国支援のばあい,途上国から物品等の供与も強く求められるが,IMSTEPの場合でも,こうした要望があった。当初,高等教育総局のサトリオ局長からは,研究用機材を含む高度な機器供与の要望があった。しかし,本プロジェクトはあくまで教育案件であったし,予算にも限りがあるので,それらの要望にはほとんど応えることはできなかった。この事情は論文(下條1999)にも詳しく記した。機材は主として学校の教室での授業法改善に直接・間接的に関与するものに限定された。
中等教育の理科の場合,イ国では学校で実験がほとんどやられていない実情を踏まえると,教師養成の場で学生に基本的実験を経験させるのが重要であり,少なくとも,日本の大学で行われている理科の基礎実験は必須であると思う。この経験は,学生が教師になった暁にも,学校で積極的に実験を行う基礎力となろう。こうしたことを意識して,機材の選定がなされたと思う。
教育の向上には,教師養成として,学校教員の基礎学力向上と授業力の2面を考えなければならない。両者を考慮して多くの器材が供与されたが,予算の限りもあるので,それらで十分というわけではない。イ国側の教員から要望する機材のリストを出してもらって,それを東学大の自然科学系の教官で妥当性を検討した。この検討は,丁度筆者が英国のLeeds大学に文部省の在外研究(短期)に出かけていて日本に不在であったが,文科省の依頼で実施された。
反省点をいくつか述べたい。
実際には,当時ではもう使われてない古い機材も要望書に若干含まれていたと思う。これは,イ国側教員が,今では使われていない,昔使ったことのある古いタイプの器具を想起し,また古いカタログを見て要望を出したためと考えられる。これらは新しいものに変える必要がある。したがって,機材利用の指導が不可決になる。
器材の数が不足しているので,器材の数の充当を優先したくもなるが,量は少なくとも良い品質の器材を永く使うようにしたほうが感謝されるようである。過度に高級な機材は必要ないができるだけ日本製の高品質の器材がよい。例えば,顕微鏡では,安価なゆえに中国製のものも供与したが,光軸が合わないものが含まれていたと苦情もあった。
当時,3大学では化学実験などの廃液処理は垂れ流しであったので,小規模の処理機器を供与した。その頃日本では廃液処理が問題視されていて,東学大内にも廃液処理センターが造られていた。イ国では,予算不足のため日本のセンター並みの施設の供与は難しく,小規模の装置の供与となった。天体望遠鏡も3大学ともCCDカメラ付のものを要望したが,予算の関係でCCDカメラはインドネシア教育大学のみで,他の2大学はCCD無しの望遠鏡を供与した。その後,予算をみて増設を考えることになった。
理数教育学部における管理運営の効率化を目指す基盤整備の一環として,インターネットを本プロジェクトで拡充したことにも触れておく。
機材供与に併せて,派遣専門家により実験室や機材管理の方法も伝えた。
機材は,毎年,大きなトラックで3大学へ数回運び込まれ,JICA専門家が確認作業に当たった。私もそれを経験したことがあった。

13-2.インドネシア教育大学理数科棟建設
IKIPバンドンの理数教育学部棟は狭小で実験室も狭く老朽化しており,大学の授業も満足に行えないことから,イ国側は日本に新設を希望していた。これは無償資金協力で実施されることになったが,丁度,IMSTEPが走り始めたので,IMSTEPとこれができるだけ連動するようにしたいというのが,JICAの考えであった。IKIPジョグジャカルタやIKIPマランの理数教育学的棟はすでに比較的新しい建物ができていたので,新設の要求は無かった。
インドネシア教育大学の5階建ての理数科棟は,2001年3月に完成し,引き渡し式が同年3/13,開所式が4/15に開催された。開所式には当時のインドネシア共和国の大統領であったメガワティ大統領も列席されたとのことである(筆者は式典には参加していない)。理数科棟の入り口には,日本政府の援助でつくられたことを示す日の丸入りの銘板がはめ込まれている。この理数科棟は,東学大の理数科棟よりはるかに大きくて立派だ。東学大より学生数がずっと多く,大学の規模が大きいから当然といえる。理数科棟の写真は,このプログに付随している「IMSTEP写真集」に入れてある。

13-3.専門家派遣
数学および物化生の各専門分野や数学教育・理科教育の日本人専門家がイ国の当該3大学に毎年数名派遣された。これはイ国側大学教員の科学についての学生を指導する力の強化と学生の授業力の向上を支援するためである。
前者に関連して,物理・化学・生物にかかわる各領域の専門家の派遣(地学は物理や生物に含まれていた),後者は,理科教育や数学教育の専門家が様々な大学や高等専門学校から派遣された。また,現地の要望に応えて,VTRの取り方・編集の仕方など視聴覚の専門家も派遣された。派遣専門家は,コンソーシアム形成大学の先生方の他,東京工業大学,東京通信大学,滋賀大学,東京都立大学など日本全国のコンソーシアム形成大学以外からも参加頂いた。専門家の人選は,筆者も微力ながら頑張ったが,主に,文部省の遠山紘司氏が発掘に努力して下さった。

13-4.研修員受け入れ
毎年数10名程度,3大学の教員を日本へ研修に受け入れた。研修生の選抜は,チーフ・アドバイザーが面接し,じっくり調べて候補者を決め,その後,国内委員会で承認した。私は,受け入れ先の確保に奔走した。研修員受け入れは,コンソーシアム形成大学のみならず,その他の大学にも依頼した。

13-4.業務の内容(活動内容)
計画の遂行は,デザイン・マトリクスに従って比嘉氏が工程表を作成し,それにしたがって遂行された。業務の内容については,図Ⅲ-1のパンフレット「IMSTEPの全体像」に概略が示されているが,より詳しくは,終了時評価調査の中で述べる。
図Ⅲ-1に示されているように,支援した3大学において,数学,物理。化学,生物の各分野において,ワーキング・グループが設置され,また,カリキュラム・教科内容,シラバス,シラバス・教授法,教材,教育評価・学術交流の4領域それぞれに対応してタスク・チームが設けられて活動した(JICA 2003)
各大学では運営委員会(Steering Committee)が全体の活動を統括した。さらに,3大学の活動全体を合同調整委員会(Joint Coordinating Committee)が統括した。

13-5. National Seminar
National Seminar は,JICA-IMSTEPと教育省高等教育総局の支援により,IMSTEP期間中,毎年実施された。支援3大学回り持ちで開催された(JICA and DGHE 2003)。筆者も講演を依頼された。学校教師,大学教員,現職教員施設関係者,地方の教育行政関係者,政府の教育関係者など多数が集まった。これはIMSTEPの成果の普及に効果があったと思われる。

13-6. パイロッティング活動
パイロッティングは,学校である教授モデルを発展させ試行する活動である。大学教員と学校教師が学校において協働して,学校にとって有益な教授モデルを実践してゆく。次の段階では,学校におけるパイロッティングにより多くの学校教師,大学教員,大学生を巻き込んでゆくようにする。
パイロッティングは,日本ではなじみが無い言葉であるが,これは大学の教員が学校へ行って,学校教員とともに授業を視察し,反省会を開いて,授業改善に取り組む活動で,実質的には研究授業である(JICA 2001, JICA 2002, Malang State University 2003, JICA 2002/2003)といえるが,単なる研究授業の枠を超えて,新しい教授法を発展させるという,より教育学的な活動である。しかも,その活動を複数の学校(中・高等学校)で組織的に展開するものである。これは,後述する中間評価で学校の授業の改善活動が遅れていることを反省して,プロジェクト期間の後半で活発化した。遅れは,プロジェクト期間の前半では,多数の供与機材が次々に到着したため,教員の時間がその管理や使用法の習得に取られていたためと,筆者は解釈している。
研究授業は,日本では昔から当たり前のように行われているが,諸外国ではそうでもない。もちろん,イ国でもこうした習慣はなかったし,大学の教員であっても,学校現場に足を運ぶということはなかったようだ。また学校内では,日本で行われているような,学校教員が相互に授業を視察して,放課後その反省会を行う「研究授業」はやられていなかった。JICAインドネシア事務所の教育顧問のウトモ氏は,「大学教員が学校現場へゆくとは・・・」と驚いておられたが,インドネシアでは,パイロッティングはかくも珍しい活動であったと思う。
パイロッティングの効果については,生徒に対しては,熱意(enthusiasm),動機(motivation),活動(activities),成績(performance)について調べられた。また,教師に対しては,学級の教授・学習過程,新しい方法やアプローチに対する資質(構成主義的アプローチ)について調べられた。良い結果が得られているが,ここでは,マラン大学におけるパイロッティングの生徒の成績への効果の一例を表Ⅲ-1に示す(Malan State University 2003)。 表13-1では,パイロッティングを実施した学校の生徒の成績が向上していることがわかる。1回のパイロッティング活動の効果は小さくとも,これらを積み重ねてゆけば,数年後には学校現場でかなり大きな効果が生み出されると思う。特に,知識の教え込みから,学習者の自律的な学びへの転換という革新的な考え方への変化が期待される。
パイロッティングにより,授業の改善は眼に見えるように進んでいったと思う。それを今後,イ国内にひろげてゆくことが肝要だ。

表Ⅲ-1 各サイクルにおける生徒の成績の差異

参考文献  〔Ⅲ. IMSTEP の全体像と活動〕

・JICA: Survey Report on Current Situation at Primary and Secondary School, Document 1, Fiscal year 1998/1999, JICA Technical Cooperation Project for Development of Science and Mathematics Teaching for Primary and Secondary Education in Indonesia (IMSTEP), 1999.
・下條隆嗣:インドネシアで進めている理数科教育についての国際協力からみた国際教育協力の課題,日本学術会議科学教育研究連絡委員会編,
学術会議叢書2「科学技術教育の国際協力ネットワークの構築」(日本学術協力財団),78-89, 2000.
・JICA: Survey Report on Current Degree Program for In-service Teachers in IKIP Bandung, IKIP Yogyakarta and IKIP Malang, Fiscal Year 1998/1999.
・JICA: IMSTEP Executive Report of the 10th Working Group Conference, Yogyakarta, February 27th-28th,2003.
・下條隆嗣・遠山紘司:インドネシア国初中等理数科教育拡充計画の理念と課題,国際教育協力論集 2(2), 広島大学教育開発国際協力研究センター,93-106, 1999.
・JICA and DGHE: Seminar Proceeding, National Seminar on Science and Mathematics Education, The Role of IT/ICT in Supporting the Implementation of Competency-Based Curriculum, August 25, 2003.
・JICA: Report on Piloting and Exchange of Experiences by IMSTEP-JICA Project, Fiscal Year 2001, Submitted to the 4th Joint Coordinating Committee, IMSTEP 2001.
・JICA: Final Report, Piloting Project for Mathematics and Science Development in Secondary Schools throughout the Province of Yogyakarta, FMIPA, State University of Yogyakarta, November 2002.
・Malang State University: Report on Piloting on Second Stage by IMSTEP-JICA Project, Fiscal Year 2002/2003, IMSTEP 2003.
・JICA: Report on Piloting Activities Fiscal Year 2002/2003, FPMIPA, Indonesia University of Education, 2003.