IMSTEP Ⅵ. まとめ

17.  全体を振り返って

IMSTEP 前半は, 理数科教員養成の基盤整備に時間がとられたが,後半は,学校の理数科授業の改善( パイロティング) に取り組むことができた。IMSTEP 終了後,フォロウアップ・プログラムを 2 年間継続することになり,主にパイロッティングの充実に向けた活動がなされた。
IMSTEP はその開始に先立って,数度にわたる調査団が派遣され,詳細な調査を実施し,並びに,イ国側のBAPPENAS,高等教育総局,教育省初中等教育局などの機関と幾度も協議を重ね, さらに日本大使館,JICA ジャカルタ事務所等にもその都度報告や相談をしたことが功を奏したと思われる。
IMSTEP は,イ国側のいわば国家プロジェクトであったため,関与した 3 教育大学の教員の皆さまも, 真摯に取り組んだと思う。イ国側もよく頑張ったと思う。
比嘉氏が原案を作成した PDM はイ国側の要請をカバーしていた点で適切であり,進行表もほぼ妥当であったと思う。IMSTEP 活動は全て概ねこの PDM に沿って実施されたといえる。
このプロジェクトを振り返ってみると,イ国では,学校の理数科の成績が低かったため,その改善をはかるため,教師の資質向上を図ろうとした。これは無資格教員の有資格化も関係していた。そのために,イ国側は大学における教師養成の在り方に着目した。イ国側は,教師が指導力の原点である科学(数学を含む)についての力を増進し,またもう一つの力である授業力すなわち学習指導の力をつけることを目標にしたと思う。そして,後者に関して,プロジェクトの後半とフォロウアップ・プログラムにおいては大学と学校が連携して授業改善に取り組むパイロッティング活動を加速させた。さらに後者は,イ国でも問題にし始めた CBC(能力資質重視カリキュラム)とも関連し,イ国側が新しい学習方法を模索していた時期に合致していた。
イ国側がこのような2面作戦的な要請をしたことは,このプロジェクトの特徴であったと思う し,そのことはとても優れたことであったと思う。筆者も,日本において,常日頃,同様な考えをしていた。長い目でみれば,イ国の理数科教育は改善されてゆくことと思う。筆者は,教員養成に関わるイ国の高等教育関係者の着眼点の良さに敬意を表したいと思う。
今後は,本プロジェクトの活動がさらに継続・拡大され,またイ国全体に広がってゆかなければならず,今後 の努力とさらなる時間が必要になろうと思う。
このプロジェクトに対して,日本側は専門家派遣,研修員受け入れ,機材供与,無償資金協力によるインドネシア教育大学の理数科棟建設など多彩で大きな投入を実施し,イ国側も経済危機のさなか,精一杯の予算投入を行った。イ国側と日本側が一緒に取り組んだ,教育改善の総合的なプロジェクトであったと思う。この成果が将来花開くように願う。

18. 交 流

IMSTEP 実施中であったと思うが, イ国の教科書つくりに関与している機関(イ国のカリキュラム・センターであったと思う) から,日本では教科書をどのように作っているか聞きたいという申し出が JICA を通じてあったので, 私は当時, 文部科学省の教科調査官( 理科)であった江田稔先生をイ国側に御紹介した。江田先生は JICA の TV 会議 システムを使って, イ国側の質問に答えて下さった。
イ国側の強い希望でインドネシア教育大学と東学大と学術交流協定を結んだ。このための大学間交流プログラム調査を 2003 年に実施した。これは,IMSTEP が御縁になったものである。
また文部科学省の要請で,留学生フェア調査をインドネシアで 2004 年に実施した。この調査では,インドネシアに一人で赴き,3教育大学の学長にあって相談した。しかし,その後すぐ,インドネシアでテロが発生し,この件は立ち消えになった。
インドネシアのイスラム寄宿塾の先生方の日本訪問も数度にわたってあった。これは外務省の 21 世紀パートナーシップ招聘事業の「インドネシア・イスラム寄宿塾教師招聘」事業の一環で, 2005 年から数年にわたり, 東学大( 担当:筆者,当時は東学大特任教授),東京外国語大学(担当:青山亨教授),中央大学(担当: 酒井由美子助教授) で回り持ちして討論会を実施した。
イ国で IMSTEP 実施中の 2002(平成 14)年 9 月に, JICA によるプログラムの一環として,日本の学校教員団が 20 名程度,IMSTEP の視察に見えたことがあった。これは,「ODA民間モニター訪問団」であった。
2006(平成 18)年2月に東学大と学術交流協定を締結したインドネシア教育大学の Sunaryo 学長ら一行5名が、同年7/20に東学大を訪問し,今後の学術交流などについて幅広く意見を交わした。
また,その後,インドネシアの地震による津波の被害の後に,インドネシア教育大学の先生方が数名,募金に東学大を訪問されたこともあった。
IMSTEP 支援大学の一つであったインドネシア教育大学の理数教育学部長の Firman 氏が,その後, 広島大学国際教育協力センターに留学され, 私は,静岡大学の熊野善介先生のお世話で, 同氏に東京で面会した。その際,チーフ・アドバイザー初代の神沢淳先生や同次代の徳田耕一先生にも再会した。

19. 長尾科研「日本の発展途上国に対する理数科教育援助:教室レベル・インパクトの評価」

パイロッティングに関しては,IMSTEP 終了数年後(2005 年)に,広島大学の国際教育協力センター所属の長尾眞文先生が代表で実施された科研費研究「日本の発展途上国に対する理科教育援助教室レベル・インパクト評価」による評価があった(Harry Firman and Takashi Shimojo 2005)。これは,ケニア,ガーナ,インドネシア,南アフリカ,フィリッピンなど,日本が世界で実施した理数科の国際教育協力の評価研究である。私もインドネシア教育大学の理数教育学部長の Harry Firman 氏と共にインドネシア・グループに入った。そのワーキング・グループ会議は,2004 年にフリッピンのマニラで,翌年はアフリカのケニアで開かれた。インドネシア・グループのこの評価の結果では,理科や数学において, パイロティングを実施したクラスの方が,実施しなかったクラスよりも,教師も生徒もパフォーマンスが上昇していることが統計的に示された。パイロッティングが効果的であったことが立証されている。
私は INSTEP に事前調査団への参加からフォロウアップ・プログラム終了まで 9 年間関与したことになる。事前調査団派遣以前にも IKIP バンドンのヒンドアン先生の訪問を受けるなど,いろいろあったので,実質は 10 年間ほど関与したとおもう。
IMSTEP 開始当初,1 年間ほど現地への滞在を希望されたが,大学の事情でそれも不可能で十分に活動できなかった面もあったが,自分なりに一所懸命頑張ったつもりである。一生の思い出となった。
IMSTEP 終了時,日本に帰国する日の夜,高等教育総局長のサトリオ氏が私たちを食事にお誘い下さった。その席で,サトリオ氏からは「あなたはまたインドネシアに来なさい」とおっしゃって下さった。しかし,その後は多忙に明け暮れ,体調もこわし(慢性腎臓病),IMSTEP 関係の仕事は何もできなかった。IMSTEP がその後どうなったかは気になるところである。
フォロウアップ・プログラム実施期間内のある時であったと思うが,私はウトモ博士から,支援した 3 大学以外のイ国内の6つくらいの国立大の学長が集まった会合にも出席を求められ,IMSTEP をイ国内の他の大学にも拡張する希望も打ち明けられとこともあった。その席で,ウトモ博士に「You are a creator」 と言われたことがあった。「日本への期待は大きいなあ」とつくづく思ったものである。しかし,日本の国際教育協力につては,近年日本の大学教員の研究以外の事務的な業務が一段と多忙になっており,また人員削減の影響もあるので,一段と困難になりつつあるのではないかと思う。

謝辞

私は IMSTEP の国内委員長を仰せつかっていたが,なんとか業務を全うできたのも,実に多くの方々や組織の御協力のおかげであったと思う。
チーフ・アドバイザーとしてご家庭の御事情を顧みず,3 年間もイ国に滞在して業務の遂行に努力された神沢淳先生,後任のチーフ・アドバイザーの徳田耕一先生や斎藤英介氏,IMSTEP大学コンソーシアム形成をご支援頂き,また多くの派遣専門家のリクルートや文部科学省との調整に当たって頂いた文部科学省の遠山紘司先生,デザイン・マトリクスの作成や業務の遂行に欠かせない諸事務万般を担当し,また文部省や外務省との調整に当たって下さった JICA 業務調整員の比嘉京治氏,久保木勇調整員,JICA の社会開発協力部の皆さま,インドネシア出張時にお世話になった JICA カウンターパートの皆さま,御多忙にもかかわらず喜んで IMSTEP に御協力頂いた多数の派遣専門家の皆さま,派遣専門家や研修員受け入れを請け負って頂いたコンソーシアム構成大学や他の大学の関係者の皆さま,外務省,文部科学省,日本大使館,JICAジャカルタ事務所の関係者の方々,いろいろとご迷惑をおかけした東学大の皆さま,視察にご協力くださった日本の学校の方々,また,IMSTEP 開始前に,いろいろとインドネシアについて御教示頂いた下澤隆先生と名古屋大学教育学部の西野節男先生に感謝申し上げる。
またイ国の高等教育総局長サトリオ博士,JICA ジャカルタ事務所教育顧問のウトモ博士(CPIU),IMSTEP のインドネシア教育大学の学長および 3 大学の理数学部長,3大学の理数教育学部の教員の皆さま,3大学内のIMSTEP office でお世話頂いたインドネシアの事務員の方々に感謝申し上げます。
最後に,IMSTEPを陰で支えて頂いた広島大学国際教育協力開発センターの関係者の皆さま,とりわけIMSTEP終了後に,科研費による理数科援助の「教室レベル・インパクトの評価」の研究に参加させて頂いた同センターの長尾眞文先生,黒田則博先生に感謝申し上げます。

参考文献  〔Ⅵ. まとめ〕

Harry Firman and Takashi Shimojo:Assessment of Classroom-Level Impact of IMSTEP Piloting Activities in Indonesia,A Research Project, Organized by the Center for the International Cooperation in Education(CICE), Hiroshima University, November, 2005. (科学研究費補助金研究:平成15-17年度,基盤(A)(2),研究代表者:長尾眞文, 日本の発展途上国に対する理数科教育援助:教室レベル・インパクトの評価)