IMSTEP 補遺-理数教育国際セミナーの開催(1995)
1.理数教育国際セミナーの開催
ブログ「IMSTEP I.概要・始まり」に書いた通り,国立大学へ,イ国の理数科教育拡充についてのJICAのプロジェクト方式技術協力要請案件検討依頼が来たのが1994年11月であるが,この動きは突然出てきたものではないであろう。その準備段階があったはずである。
そう思っていたところ,自宅で参考文献にあげた国際セミナーのproceedingsがでてきた。
1995年7/3~7/7にかけて,「理数教育に関する国際セミナー(インドネシアと日本の比較研究)」が,インドネシアのジャカルタとバンドンにおいて開催されたが,そのproceedingsである(写真)。この資料は,確か,筆者がIMSTEP開始前の各種調査に参加し始めたころ,下沢隆先生から頂いたものであると思う。このセミナーがIMSTE申請のための実
質的な準備であったと思われるので,以下に紹介したい。
このセミナーのスポンサーは,イ国教育文化省高等教育総局(Directorate General of Higher Education),JICAインドネシア事務所⦅Japan International Cooperation Agency(JICA), Indonesia Office⦆,およびバンドン教授・学習科学大学(バンドン教育大学)⦅Bandung Institute of Teaching and Educational Sciences(IKIP Bandung)⦆の3機関であった。
このセミナーは,イ国の新聞紙上にも何件も取り上げられ,そのコピーがproceedingsに収録されている。
2.セミナーの全体像
セミナーの全体像をみるために,英文のproceedingsの前の方に収録されているセミナーについてのまとめの報告の一部を抜粋して翻訳したものを以下に示す。訳出部分は青地で表記した。括弧()内の英語は原文のニュアンスを伝えるため,筆者が挿入した。原文における括弧は〔〕で表記した。
1)セミナー実施の背景
インドネシア共和国における長期発展計画の国家政策概要(the Broad Guidelines of State Policy: GBHN)に述べられているように,人材発展が強調されている。それは,教育の役割。特に初等・中等学校が特に重要であることを意味している。更に,工業科計画の支援において,未来のインドネシア市民が発展し進歩するために,基礎的な理科と数学(basic sciences and mathematics)の習得は欠かせないものである。したがって,理数教育(teaching)の改善の努力はより一層推進されなければならない。
しかしながら,初等および中等理数科教育についての多くの教育評価の結果は,低迷している。このことは,中でも現職教員の公的に調べられた資質 (formal qualification)がこれまで不十分であったことに関連している。したがって,初等中等理数科教育を改善する一つの方法は,全国にある10校の教授・学習科学教育機関〔IKIPs,筆者注:教育大学のこと〕および20の教育学部〔FKIPs〕を改善し強化することである。この目的のため,高等教育総局(the Directorate General of Higher Education: DGHE)は,理数科教育プログラムの改善に向けて1988年に,バンドン教育大学(IKIP Bandung),ITB(バンドン工科大学),およびFKIPsの上位のスタッフからなる「基礎科学チーム」(the Basic Science Team)を立ち上げた。
IKIPsやFKIPsの状況はさまざまであったので,当該チームがその業務を予定期間内に遂行することは困難であった。「基礎科学チーム」の努力を継続するために,5教育大学のFPMIPAs〔理数教育学部,その一つはバンドン教育大学の理数教育学部〕が,インドネシアにおける理数教師教育のグロース・センター(Growth Centers)として決定された。グロース・センターとして,バンドン教育大学の理数教育学部は,(a)理数科目の教師教育の適切なモデルを発展させること,(b)自ら継続的・独立的に能力(capability)を改善してゆくこと,(c)他のIKIPsやFKIPsの発展に寄与すること,という使命が課された。こうして,バンドン教育大学の理数教育学部は,これらの目標を達成するために,「インドネシア-日本セミナー」を設計したのである。
2)セミナーの目的
・イ国および日本における初等中等理数教育の特徴について包括的に理解する。
・特に学校における理数教育についての研究について,協力を確立する。
3)セミナーの日程と開催地
セミナーはインドネシアにおいて,1995年7/3~7/7にわたって開催された。開会式はジャカルタの教育文化省で行われ,他のセッションは,バンドンのバンドン教育大学のキャンパスで開かれた。
4)セミナーの組織
セミナーでは,6名の日本人講演者と6名のインドネシア人講演者が日本およびインドネシアの理数教育について様々なトピックの論文を発表した。インドネシア共和国の教育文化省大臣は,ジャカルタの同省内で開かれた開会式において,開会の式辞を述べた。Dr. Achmad A. Hinduan およびProf. John T. Shimozawaは,それぞれ基調講演を行った。
参加者は総勢120名で,日本人教授,小中学校教師,教育大学スタッフ,グロース・センター長,現職教員研修指導員および教育文化省職員である。
講演者は30分間の講演とその後30分間の質疑応答を行った。一般的に,各講演者は,所見や,特にインドネシアにおける理数科教育の改善のためのアイデアを述べた。
セミナーに加えて,セミナーを補足するいくつかの活動が催された。日本人参加者は,ITB(バンドン工科大学),PPPG(国立教科別教員研修センター),Boscha観測所を訪問し,科学活動を視察した。
閉会の辞で,JICA専門家のProf. John T. Shimozawa氏は,セミナーを総括し,日本とインドネシアの将来の協力の枠組みを提唱した。教育文化省高等教育総局学術課長のProf. Harsono Torupratjeka氏が,セミナーの活動を閉じた。
5)日程表(省略)
6)セミナーの結論と勧告
(1) セミナーは,日本人専門家に,インドネシアの学校における数学と基礎的な科学の教育の発展(development)と諸問題について紹介するという主要な目的を果たした。日本人専門家の講演を通して,インドネシア側参加者は,日本においても同様な発展と諸問題が存在することを理解した。
バンドン教育大学〔IKIP Bandung〕, ITBおよびPPPGなどの諸機関への訪問は,それらがインドネシアの基礎的な科学と数学の教育に関与しており,またそれらの機関が発展を阻害する課題を克服すべく互いに協力していることを理解してもらう機会となった。
(2) セミナー参加者間の交流や議論は,参加者と所属先機関の間の将来の関係の基礎となるものである。このことは,小中学校教師,FPMIPAの大学教員,バンドン教育大学の大学院学生でも見られた現象である。この関係は,セミナーの第二の目標,すなわち,特にインドネシアの理数科教育研究について協力を打ち立てることにとって非常に有益である。
(3) 上に述べた2点については,日本人専門家がセミナー終了後に,Malang教育大学,Jogjakarta??教育大学を訪問したことによって,さらに強められた。
(4) グロース・センターへのJICAの計画されている援助の将来の発展のために,次の点が望まれる。
a. 日本人専門家は,グロース・センターの基本機能,将来の役割,発展について,JICA-Tokyoに説明することができる。
b. 日本人専門家は,JICAが将来,グロース・センターへの可能な技術協力について,専門家の支援を必要とする際に,グロース・センターの将来の専門家となることができる。
(教育文化省高等教育総局学術課長のProf. Dr. Harsono Torupratjeka氏は,1980年代後半から教育文化省は小中学校の理数科教育改善のためにグロース・センターの設立を計画してきたこと,その最終目標は人材の質向上であることを述べた。同氏は,また,JICAに対し,本件についての注目とグロース・センターの発展への支援に謝意を表した。)
3.セミナーの講演者と講演テーマ
このセミナーの6人の日本側参加者名と講演テーマ(英文のまま表記)
日本側講演者と講演テーマ
Prof. Dr. Nouda Nobuhoko, Institute of Education, The Univ. Tsukuba, Japan:How to Link Affective and Cognitive Aspects in Mathematics Class (Comparison of Threr teaching Trails on Problem Solving).
Prof. Yasuo Hara, Research Institute for University Studies, Institute for Physics, The University of Tsukuba:Physics Education in Japan Present status and Trails for its improvement.
Prof. Shozo Ishizaka,Ph.D., Toyama University of International Studies:Biology Education in Japan.
Prof. Hisayoshi Igo, Institute of Geoscience, The University of Tsukuba:Integrated Scinece and Earth Science Education in Japan.
Mr. Niida Satoshi , JICA Expert, Senior High School Attaced to Tokyo Gakugei Universtiy: ①School Science, ②A Comment on the Items to be thought in Science Course of Elementary Schools.
Prof. Dr. John T. Shimozawa , JICA Expert for Director General of Higher Education, Visiting Professor at University of Indonesia and IKP Bandung, on leave from Faculty of Scienece, Saitama University:①Address at the Opening Ceremony,②Brief Introduction of Science and Mathematics Education in Japan,③Cooperation between Indonesia and Japan on Science Education.
イ国側講演者と講演テーマ
Dr. Achmad A. Hinduan, Dr. Eddy M. Hidayat and Drs. Harry Firman, M. Pd : Overview of Indonesian Education.
Dr. Suryanto, Dept. Mathematics Education FPMIPA IKIP Yogyakarta : Mathematics Education in Indonesia.
Sutrisno, Ph.D. : Dept. of Physics Faculty of Mathematica and Science Bandung Institute of Technology (ITB): Physics Education in Indonesia.
Drs. Sutiman Bambang, M. S. D. Sc <1>., Dra. Herawati Susilo, M. Sc. Ph. D. <2>, <1> School of Science Brawijaya University, <2> Scholl of Science Education and Graduate School IKIP Malang, Biology Education in Indonesia.
Hadat, PPPG IPA Bandung: Integrated Science Course in Indonesian Schools.
Mr. Tatang Suryana, High School Teacher in Bandung : Overview of Science Education in Schools.
もちろん,これら講演者以外にも,教育文化大臣,高等教育総局学術課長,バンドン教育大学長,JICAインドネシア事務所長ら諸氏の挨拶があった。
4.セミナーの内容
イ国側,日本側の講演者からは,互いの国の理数科教育の制度や課題の紹介があった。
猪郷先生や下沢先生の講演の中に,日本の総合理科の紹介が含まれていた。インドネシア側からも総合的理科についての講演がなされた。このように,総合的理科のみに関わらず,日イ共通の課題も発表された。
ちなみに,猪郷先生と下沢隆先生は,総合理科の立ち上げのための文部省の委員会のメンバーであった。総合理科は市民の科学的教養を高めるためにこれからの時代に必要な科目であること,しかし,当初,総合理科を執筆できる著者が見つからず,教科書作成会社は教科書を発行できず,生徒は初めの2年間は教科書が無かったこととか,その後猪郷・下沢隆両先生が総合理科のガイドブックを文部省から発行したこと,しかし総合理科と地学は大学入試で課さない大学が多かったことなど,総合理科が定着するまでの苦労話が紹介されている。
総合理科については,筆者のブログのカテゴリー「理数教育覚書」のなかの「日本における高等学校総合型理科科目の定着過程」も参考にして頂ければ幸いである。
講演の中で,下沢先生の講演が,その後のIMSTEPの発足に関連が深いと思われるので,それらの一部を紹介する(他の先生方の講演内容の紹介は,後日,気力がでてきたら追加したいと思う)。
下沢隆氏によるAddress at the Opening Ceremonyの中で,インドネシア政府は,理科教育のための「Growth Center」の設立を提案していること,またその役割は
1) 基礎的な理科コース(Basic Science Course)における教員研修の改善(教育大学内),
2) 小中学校教師の現職訓練コースの支援,
3) 理科と数学において優れた教師の養成のための機材の提供,
の3点である旨述べている。
また,下沢隆氏は,Cooperation between Indonesia and Japan on Science Educationのなかで(p.165),日本はグロース・センター協力しようといていること,日本側の提案として次の4点,
- 教育大学(IKIP)のコース内容の改善
- IKIPで必要とされる実験のリスト作成
- PPPG/IKIPにおける現職教員研修のためのプログラムの作成
- 大学教員の協力のもとに理数教育のための十分な研究を開始すること
を揚げ,さらにこれらの目的を達成するため,JICAによる次のような支援を提案している。
- 日本から幾人かの専門家を招請する,
- 理数教育を研究するため,日本に若手の教員を派遣する,
- 3教育大学(Bandung, Yogyakarta, Malang)にグロース・センターを設置する。
- 各グロース・センターに教員養成および現職教員研修に必要な機材を供与する,
- 各グロース・センターにより高価な機材のいくつかを供与する。
このグロース・センター構想は,フリッピンのISMEDなどに類似の施設を構想したものと思われるが,その後のいくつかの日本側の調査団によるイ国教育文化省との協議の中で,グロース・センター構想は消え去り,理数教育学部を直接的に改善し,それを通して学校教育の改善を目指す方向に固まっていったと思う。
下沢隆氏の講演の中には,教員養成・現職教員研修の改善,学校教育の改善,そのための理数科教育機材供与,日本からの専門家派遣,日本への大学教員の派遣など,IMSTEPの大まかな骨格が示されていると思う。
5.国際セミナーの実施時期-全体の流れの中での位置づけ
この国際セミナーは,プロジェクトの形成時から実施までの流れの中で,どう位置付けられるのであろうか。
1994年(平成6年)11月文部省から国立大学へJICAのプロジェクト技術協力方式によるインドネシアの理数科教育改善への協力への検討依頼が届いて後,国内(支援)委員会が結成され,筆者のブログ「ブログ IMSTEP Ⅰ プロジェクトの概要と始まり」の中の「表7-1プロジェクト年表」に示したように,1995年4月にプロジェクト形成調査団,1995年11/29~12/6に基礎調査団の派遣があった。国際セミナーは1995年7月開催であるから,これらの2つの調査団派遣の間に開催されたことになる。この後,1997年4月に事前調査団,1998年3月に長期調査団,5月に実施協議調査員派遣,7月に実施協議調査団派遣,8月に無償資金協力によるインドネシア教育大学理数科棟新設のための基本設計調査団派遣と続き,1998年10/1よりIMSTEP開始が開始された。
同セミナーはプロジェクト形成期に,プロジェクトの実施をバックアップするために行われたと考えられる。
6.イ国の成績低迷-どのような評価によっていたのか?
このように,人材育成面の重視→理数科の教育評価結果の低迷→学校の理数科授業改善→教師教育の改善という論理の流れがみられる。要請書にも記述があるが,Proceedingを読むと,イ国側講演者はほとんど皆,イ国の初等中等理数科の評価が低いことに危機感を持っていることがわかる。その危機感はいくつかの国際評価の結果に基づいているらしいが,それがどのような評価結果に基づいているかについては,Proceedingsを見る限りセミナーの中では国際評価の具体的な名称や評価結果などについて述べられていない。
しかし,なんらかの国際評価に参加していた可能性がある。そうであるとすると,国際セミナーは1995年7月開催であるから,それ以前の評価によるのであろう。
インドネシアが参考にしたと思われる国際評価は,国際教育到達度評価学会(International Association for the Evaluation of Educational Achievement: IEA)という機関が実施している,いわゆる「国際数学・理科教育調査」と呼ばれている国際比較調査である。これは各国の教育の競争ではなく,参加国の理数科教育の問題点を洗い出すための評価である。
ちなみにこの国際調査は,1964(昭和39)年に第1回国際数学教育調査,1970(昭和45)年に第1回国際理科教育調査,1981(昭和56)年に第2回国際数学教育調査,1983(昭和58)年に第2回国際理科教育調査,1995(平成7)年に第3回国際数学・理科教育調査の第1段階調査(Trends in International Mathematics and Science Study:TIMSS),そして1998(平成10)年に「第3回国際数学・理科教育-第2段階調査」(Trends in International Mathematics and Science Study-Repeat:TIMSS-R)と続いた。この調査は,第3回からTIMSSと呼ばれるようになった。その他,社会における知識の活用能力をみるOECDのPISA調査も有名である。
インドネシアは,1955年のTIMSSには小4調査および中2調査に,さらに1999年のTIMSS-Rに参加している〔参考文献2)表1-1 参加国/地域(p.3)〕。
上に述べたように,国際セミナーは1995年7月開催であった。1995年の上記の国際調査は,その正式な結果が報告されるまで,1,2年かかるので,イ国がそれに参加していたとしてもその結果を参照することはできないが,途中の集計結果を参照したのかも知れない。
筆者の手持ちの資料のなかに,国際セミナー開催から3年後の1998年に開始された「第3回国際数学・理科教育-第2段階調査」(TIMSS-R)がある〔参考文献2),筆者は,この調査の国内専門委員であった〕。ただし,TIMSS-Rの評価結果にはインドネシアの名前があるが,1970年の第1回調査から1995年の第3回調査までの調査結果にはインドネシアの名前は無い。上に述べたように,インドネシアは1955年の調査からは参加しているが,集計作業に何らかの支障が発生して集計ができなかったか,あるいは集計したが結果の公表をこばんだのかもしれない。
TIMSS-Rにおけるインドネシアの調査における実施学校数は150校(各国ともほとんど類似の学校数である),学校実施率100%,実施生徒数は5848名,生徒実施率97%,総実施率97%であった〔参考文献2)表1-3 実施学校数〕・生徒数と実施率(p.7)〕。 調査対象は「13歳以上14歳未満の大多数が在籍している隣り合った2学年のうちの上の学年の生徒」である。中学生と考えればよい。
ともかく,このTIMSS-Rの資料で国際セミナー実施当時のインドネシアの理数科の教育状況が推測される。参考文献2)の本には,さまざまな集計結果の表が掲載されているが,国別の成績順位を見ると,数学・理科とも,調査に参加した約40ヶ国の内下位から5番目位で低迷している。より詳しくは,インドネシアの数学の成績は38ヶ国中34位〔参考文献2)表2-8 4回の数学の成績(p.26)〕,理科の成績は38ヶ国中32位〔参考文献2)表3-8 4回の数学の成績(p.88)〕であった。 この時,日本の成績は,前者は5位,後者は4位であった。
7.なぜ日本に協力を依頼したのか?
インドネシアは,なぜ日本に協力を依頼したのであろうか。筆者の考えでは,
- JICAから支援が期待できる。当時,イ国には日本ばかりでなく,世界銀行などの国際機関やUSAなどの先進国からの支援があった。特にJICAはイ国に対して各種の高等教育支援を行ってきた。例えば,1990年以降のインドネシア西部地域の大学に対する高等教育改善,1988年以降のBogor Agricultural University における農・工・技術学部の修士課程プログラムの学術的発展,1987年以降のElectric Engineering Polytechnic Institute of Surabaya支援,他いくつかのプロジェクトなどの援助実績があった(このことは,proceedingsにも収載されているが,JICA インドネシア事務所長 Okazaki Koichiro氏の同セミナーにおけるaddressの中で述べられている)。これらの実績も日本への協力要請につながったと思われる。
- インドネシアは,「農業国→工業国への転換」を目指していた。アジアの中で明治にいち早く近代化・工業化を成し遂げた日本を発展のモデルと捉えていた可能性が高い。同セミナーの中で,教育文化大臣が述べているように,その達成に向けて,人材育成の必要性を重視し,理数教育の充実を喫緊の課題としていた。
ウ)日本は近年の国際教育評価でもトップクラスに属していて,日本の教育がイ国の教育改善の参考になると思われた,
などの理由が揚げられると思う。
9.グロース・センター構想はなぜ変更になったか?
計画のこうした変化の背景は,養成教育における学生数や無資格教員の有資格化を主眼とする現職教員などの対象者が大量なことから,教育大学の理数教育学部全体で対応する必要があったと考えられる(IMSTEPのカウンターパート数は200名以上であった)。また,教育文化省は大学を関与させたいという希望を持っていたことも事実である。
グロース・センターの設置は確かに望ましいものではあるが,スタッフの人数は大学に比べて少なく,それらだけでは,これらの課題に対応できなかったのでないだろうか。学部全体がグロース・センターの役割をになうことになったのであると思う。
しかし,将来,グロース・センターを現職教員研修に特化した機関として設置することは,なんら問題なく,むしろ望ましいと考えられる。それは,広い国土を考えると,宿泊施設を伴ったものを多数設置し,併せて大学との連携をとるのがよいと思われる。
10.下沢隆氏の果たした役割
下沢隆氏は,同セミナーの講演のなかで,学校の理数科教育改善,専門家派遣,機材供与の3本柱という協力のスキームを述べており,これがIMSTEPの計画策定にあたって,イ国側の要請の基礎となったと考えられる。
以上みてきたように,この国際セミナーは,イ国の初等中等理数科教育の改善にむけたJICAを通した日イ間の協力を展開するための布石であったと思われる。なかんずく,JICA専門家としてイ国教育文化省高等教育総局に滞在していた下沢隆氏の事前協力が大きな力を発揮したと考えられる。
下沢先生は,確かIMSTEP開始前の各種調査団派遣期間の初めの方の時期に任期が終了し,帰国されたのだと思う。在任中は,筆者はインドネシアで下沢先生に個人的にもいろいろとお世話になった。
11. まとめ
以上が国際セミナーの大まかな紹介と位置づけなどの解釈であるが,さらに,この国際セミナー開催前にも何らかの動きがあった筈である。それは,イ国の教育文化省が,国際教育調査の結果をみて始まったと予想される。そして,教育文化省とJICAの接触があり,それから国際セミナーを開くことになったと考えられる。
こうしてみると,IMSTEPは,そのそもそもの原初の動きからフォロウアップ・プログラム終了まで実に永い期間にわたったことになる。教育政策とはこのようなものなのかと感慨深い。
【参考文献】
- Directorate General of Higher Education, Department of Education and Culture: Proceedings,
JICA Indonesia Office, IKIP Bandung : International Seminar on Science and Mathematics Education (Comparative Study between Indonesia and Japan), Jakarta and Bandung: July 3-7, 1995.
- 国立教育政策研究所/編:数学教育・理科教育の国際比較 第3回国際数学・理数教育の第2段階調査報告書,ぎょうせい,2001年4月.