(附属竹中生徒会誌「潮2006」)

「学習意欲」と「目標」の持ち方

校長  下條 隆嗣

近頃、教育関係者の間で「日本の子供達の学習意欲が減少しつつあるのではないか」という議論がある。また、最近、日本の企業の方から、「会社に入ってくる若者に対して企業が求める力についての近年の調査によると、最も強く求められる力は、基礎基本、創造性、やる気の三つである」ということを教えて頂いた。このように「やる気」(意欲)に関することが問題視されるような事態は、日本の将来に関わる根源的な問題であるので心配である。こうした事態の原因や克服の方法を考えたくなる。

昨年11月の全校集会でも少し触れたが、最近、意欲に関する研究をまとめた論文を見いだした。それは、米国のイリノイ大学のドウェックとハーバード大学のルゲットの二人によって20年程前に「心理学レビュー」(訳)という学術雑誌に発表された長い論文であるが、その研究結果の要点のみをかみ砕いて述べると次のようになる。

やさしい問題に取り組んでいたときは差がなかったが、難しい問題に取り組むことになると、被験者(「生徒」と読み替えてよい)の問題に対する行動の型が変わり、被験者は「無気力」群と「熟達志向」群の二群に分かれたという。

ここで、「無気力」群の被験者は、挑戦を避け、問題を解決しようとする持続性が低く、自分の能力の否定的な評価を避けようとする。むずかしい課題に直面した時につまずくと、自分は能力がないと思いこみ、すぐに解決をあきらめてしまう傾向があるという。また知能を固定的に捉えている。

一方「熟達志向」群の被験者は、知能を固定的に捉えているグループと知能を成長するものと捉えているグループで異なるが、前者のグループでは、挑戦を試み、課題がすぐに解決できなくてもそれを解決しようと何度でも試みる「粘り」を見せるなど持続性が高い。また後者のグループでは、同じく持続性が高く、さらに学習を促進させるような挑戦を試みる特徴がある。すなわち、後者のグループは、むずかしい課題に直面した時に、それを克服すべきものとして捉え、それに取り組むことは、自分の訓練と考え、その結果自分の能力の向上を期待する。

ドウェックらは、被験者にこのような「無気力」と「熟達指向」という異なる行動型が生まれる原因として、被験者達の設定目標の違い、いわば心の持ち方の違いによるという説を立てた。すなわち、無気力群は「遂行目標」(パフォーマンス)を持っているが、一方、熟達志向群は、「学習目標」(ラーニング)を持っているためだと考えた。ここで、「遂行目標」とは、自分の試行や行動において常に、よい成績や他人からの肯定的な評価を得ようとすることである。また「学習目標」とは、自分の能力を高めようとすることである。

ドウェックらの説は、このような考え方であるが、彼らの研究方法は、通常の学校生活のごく小さな一面を切り取ったような場面あるいは状況における心理学的調査に過ぎないと思う。毎日の学校生活における継続的な学習においては、複雑な場面や状況があり、したがって現実には、生徒諸君はおそらく遂行目標と学習目標の両者を混在して持ちつつ過ごしているのではないかと思う。

しかし、ドウェックらの研究結果からいえる大事なことは、学習目標を持つ熟達志向群の生徒の方が、「やる気(意欲)」をより強く持ち、また、自分の能力を伸ばすと思われることである。遂行目標を持つ生徒は、自分の行動の結果を他人のそれと比較して、一時的に刺激を受けたりするであろうが、難しいことの学習を避けがちで、そのために学力が深まらず、本物の思考力が育たないと思う。また、強すぎる遂行目標を長期間保持することは、強い競争意識を持ち続けることになり、その結果としてコミュニケーション能力がつかなくなるなど、人間形成が遅れる恐れもあると思う。

一方、学習目標を持つことは、学びの欲球が外部の評価による外発的なものではなく、自分の内面からわき上がってくるようにすることであり、好ましいといえる(内発的動機付け)。しかし、強すぎる学習目標をもつことは、場合によっては、ある特定のことに強く惹かれすぎて、学習内容にバランスを欠く恐れもある。このことは、中学生のようなまだ成長段階にあって社会人の基礎をつくっている大切な時期には問題も生じることもあるので慎重な配慮が必要である。このように、遂行目標も学習目標も過度なものになると人間形成上、問題があると捉えられるのではないだろうか。

成績は学習の結果としてあるのであって、それのみを目標にすることはどうであろうか。学習は自分の能力の向上、人間性の向上をめざすのが本来の姿ではないのか。自分をふりかえりつつ、その結果をもとに学習を形成してゆくのがよい(形成的評価)。

ドウェックらの論に従って、普段の継続的な学習において、子供達が遂行目標ではなく学習目標を持つことこそ、子供達の「やる気(学習意欲)」の低下という事態を改善する基本的な事の一つではないかと思う。なお、意欲を高める別の要因としては、夢を持つことがあげられると思う。

成人して社会の中で力強く、また自分らしく生きる力、主体的に生きる力は、もちろん熟達志向の生徒の方が高校生活も含めて身につけてゆくと思われる。自分は無気力群の傾向が強すぎると思ったら、目標を少し遂行目標から学習目標に変えるように努力してみたらどうであろうか。

【参考】

Dweck, C. S. and Leggett, E. L.: A Socio-Cognitive Approach to Motivation and Personality,

Phycological Review, 95(2),256-273,1988.