〔竹早中学校広報委員会報「潮51」2005〕
これからの時代に生きる力
学校長 下條 隆嗣
二十一世紀に入って,早や五年が過ぎた。新しい世紀に入った頃は,二十一世紀の世界はどうなるか,どうすればよいかなど,ジャーナリズムでも取り上げられたり,いろいろな学会などでもよく議論されたと思う。しかしこの頃はあまり,そうした動きを聞かない。熱し易くさめやすい国民性のゆえかもしれない。しかし,これは重要な課題で,じっくりと追求すべきであると思う。
明治以降,日本は工業化社会に向けて走ってきた。しかし今は脱工業化社会あるいは情報化社会となり,これからは知識社会がくると言われている。一方,石油資源の枯渇,水不足,大気汚染など,現代人の生活の負の遺産が地球規模で現れている。地球環境を保全しつつ経済発展を実現するという「持続可能性」という考え方もでてきた。すなわち,二十一世紀には,新しい生き方や考え方,技術が求められているといえる。それに伴って,これからの時代には,新しい学力が求められていると思う。
1960年に創設された国際教育到達度評価学会(IEA,本部はオランダのアムステルダム)が各国の教育動向を調査(数学と理科に限る)している。これはTIMSS(Trends in International Mathematics and Science Studyの頭文字)と呼ばれている。昨年の十二月に,最近の調査結果(TIMSS 2003)が発表された。日本の中学生は,理科や数学で国際的に見て比較的高いグループにいるが,日本の学力は下がりつつあるとする新聞報道もあった。
平成9(1997)年に,台湾で「日台二国間STS科学教育検討会」が開かれ(STSはScience-Technology-Society 科学・技術・社会の略),筆者も参加した。そのとき,日本の教育事情の説明を求められ,国際数学・理科教育動向調査の日本の成績の順位が,中学校レベルの理科では第一回調査(1970)の一位から,第二回調査(1983)を経て,第三回調査(1995)では三位に落ちたことを紹介したことを覚えている。
当時,台湾はこの調査に参加していなかったが,筆者の講演後,会場の台湾の研究者の方々は中国語で,台湾の参加について話し合っているように思われた。そして平成13(2001)年に,次の調査(TIMSS-R 1999,TIMSS第二段階調査)の結果が発表されたが,それによると,中学理科では台湾が初参加にして一位であった(日本は四位)。筆者はこの結果に驚いたが,活気のある台湾を見,また台湾の科学教育研究誌のレベルの高さを知って,かくあるべしと思った。しかし,台湾の中央研究員院長の李遠哲氏はこの結果を誇ってはいなかった。台湾の生徒は大学へ入る頃には疲弊してしまい,創造性や好奇心を発揮できないというのである。筆者は,日本でも似た状況があるのではないかと危惧すると共に,台湾のトップが先を考えていることに感動した。
過激な受験戦争などは,あまり成熟していない先進国追随型の国の教育の特徴とも考えられる。国際数学・理科教育調査における日本の順位の低下傾向は,様々な原因が考えられるが,日本の子どもが,自らの資質を伸ばすという本来の目的に向かって少しずつ変質し始めた現れであるとすれば,そんなに危惧するに当たらないと思う。
いずれにしろ,これからの世の中は,複雑な課題が増えてゆく。そこに生きるためには,基本的な知識・技能は必要だが,それだけでは十分ではない。資質・能力も磨かなければならない。
今後の学習においては,次のような点を重視することが望ましいと思う。
① 一生を通じて使える基本的知識を身につける。ビーカーに水を入れて,そこにインクを一滴たらす。しばらくそっとしておくとインクは水全体に一様に散らばる。散らばったインクをもとの一滴のインクに戻すことはできない。これは「拡散」と呼ばれている現象であるが,汚染物質の散らばりを防ぐなど環境保全や持続可能性の追求において,市民として知っておかなければならない基本的な知識の一つである。この現象をよりよく理解するためには,「物質はごく小さな粒子から出来ている」という,粒子概念を把握しておくことが望ましい。昔,ギリシャの人々は,石畳がすりへったりする現象などをみて,物質はごく小さな粒からできていると考えたそうである。ギリシャの人々の直感力に脱帽である。現代に至り,この考えは原子やその構造の発見につながり,また量子力学(小さな粒子は波と粒の両方の性質を持つとして,小さな粒子の性質を明らかにする学問)の建設へとつながった。実用的には,電子顕微鏡の発明や将来は量子コンピュータの開発につながっている。
②「働きかけ」の精神を大切にする。17世紀にガリレオ・ガリレイは,望遠鏡で金星の満ち欠け(蝕)を観測して地動説を提唱した(これがために,ガリレオは教会によって宗教裁判にかけられ,牢獄行きの宣告を受けた(1633年,69歳のとき)。自然への働きかけは,自然科学の本質であるが,「働きかけ」は,自然科学のみならず,あらゆる活動における主体性,創造性の本質である。
③系統的学習を軽視しない。系統的学習が専門性やある分野への深みをまし,「ひらめき」を現実化する。雑学では創発的になれない。社会の情報化がより進展し,将来は,誰でもどこでも学習できる社会(ユビキタス社会)が構築されるであろう。そこでは,多くの知識に容易にアクセスできよう。しかし,雑多な知識をたくさん学んでも,創造的にはなれない。知識を関連づけ,それらを構造化して系統性を持たせることが大切であると思う。ただし,系統的学習も度が過ぎると,既存の知識に埋もれて学習が受け身になってしまい,また創造的になれないであろう。
④結果も大事だが,プロセスを大切にする。
どうしてその結果がでたのかの過程がわからないと,その結果が良いものやら悪いものやら判断できないことも多い。このため,問題解決の過程を大事にしたい。これにはコミュニケーションの力も必要である。
⑤問題の解答は一つとは限らないので,柔軟な姿勢をもつ。社会環境や自然環境に関わる問題が今後は複雑化してゆくであろう。世界中の英知を集めて解決してゆかなければならなくなる課題も多くなるであろう。複雑な問題は,解が一つとは限らず,いくつもある場合が多く,どの解にするか決めなければならないという面もある(意志決定)。問題解決に当たっては,柔軟な姿勢が必要である。
生徒の皆さんも,これからの時代に生きる力をつけるために,新しい学習の仕方について考えつつ勉学に励んで頂きたい。